36度目の誕生日、手応えと大切な物を知る

インドはデリーからこんにちは。

11月30日が誕生日だというのに、誕生日翌日にインド出張に出発することになってしまい、いまこの記事を飛行機の上で書いています。記事のアップはデリーですね。

36歳の年男。なんというか、仕事のことは詳しくは書けないので歯切れが悪くなるのですが、劇的な変化があったように思います。

いくつか大きな受注を取ることができ、その立ち上げの最前線で自分の力量がどれ程のものであるかを知ることができました。

グローバル感溢れるプロジェクトなので英語でのコミュニケーション能力も叩き上げられ、自分がいままで培ってきた知識や経験、ビジネススキルが十分にグローバルで戦える物であることを確認しました。インド人の友人も沢山出来ました。

一時期は度を超えた激務とハイプレッシャーからかなり辛い時期もあり、SNSでつながっている皆様には大変ご心配をお掛けしましたが、とりあえずコントロール不能の状況は脱することが出来ています。

悔しくて泣いた日々の先にあるもの

点と点をつないで線になる話は、あまりにも有名ですが、36歳になったいま、このことを強く実感せずにはいられません。

これまで、仕事でボロボロになって、その時々で涙を見せられる上司や先輩に恵まれ、なんとか今ここに立っています。この年に至ってもなお、できない自分が悔しくて涙することもあります。

今の会社に入社してから今日にいたるまで、思えば上手くいかなくて悩んで、苦しんでもがいて成長して、気がつけばその分野のエキスパートになっていた、ということの繰り返しでした。最初からスマートに、上手くこなせたことの方が圧倒的に少なかったわけです。

僕の様な不器用なタイプは、壁に当たっては乗り越えていくしかない。逆にいえば、乗り越えられてきた経験があるから、壁に当たってもその先に進めるという漠たる自信を失わずにいられるのです。

炎上案件に対する特性が高いためか、キャリアパスも自分が思うようには歩けなかったわけですが、その時々で得てきた知識や経験が今将に活きています。

期せず入ったキャリアオペレーションの世界(OSS/BSS領域)で、その時々はとても辛かった様々な”良い経験”と、半ば趣味でやってきたライフハック・仕事術の知識と実践とを掛け合わせることで、僕は非常に強い手応えを感じられるに至りました。

祝ってくれる人がいる幸せ

36歳になったいま、つくづく思うことは祝ってくれる人がいることの幸せです。誕生日の前日、子供から「パパの誕生日をお祝いしたいから早く帰ってきて」と言われたときの幸せと言えばもう。

今一緒に仕事をしているインドから来ているエンジニアたちにその事を話すと「OK、分かった。お前が早く帰れる様に進めるよ」と言ってサポートしてくれる。

Facebookでもたくさんの方からお祝いのメッセージを頂き、インドの友人達は会う度に祝福してくれました。誰かから祝って貰えるというのは、本当に嬉しい。

Facebookのおかげでメッセージを送る敷居は以前より下がっていることは確かですが、それでもわざわざ自分なんかの為に、祝福の言葉を述べようと思ってくれたことは本当にありがたいことです。

祝ってくれる人がいることの幸せをかみしめつつ、今度は自分が家族や友人に対して、どんな貢献が出来るかを考え、実行していきたいと思います。

最後に

36歳という年齢は干支が3周した節目の年ですが、社会人としても一角の専門性が確立できる頃合いです。

未だ迷い、悩み、不安に苛まれることの方が多い身ではありますが、今はそれと同時に手応えもより強く、多く感じられるようになりました。成長している、ということなのだと思います。

まだまだ不惑にはほど遠い状況ではありますが、身体と家族と友人を大切にして、36歳という年でもう一段も二段も成長して行ければと思います。

P.S.誕生日まえにいつも欲しいものリストを公開していましたが、今年は今まで失念していました。頂いたものは基本ブログで紹介していく方針ですので、遅くなっても必ず記事書かせて頂きます!

昨年の誕生日エントリ

レジリエンスが鍛えられた1年を経て、35歳になりました。

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