【雑記】成功の定義と進むべき前について

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「成功の定義は人それぞれ」という文字の羅列を見たことがある人は比較的多いのではないだろうか。これはきっと正しいことなのだと思うけど、同時に実に無責任な言葉だとも思う。

答えは誰の胸の中にもあって、いわゆる自分の「内なる声」に従うとか、「ずっとやりたかったこと」をやるとか、そういう生き方こそが「成功」と捉えられるかもしれない。もしくはもっと即物的に「地位」や「名声」、「財産」を得て周りからも一目置かれるのが「成功」と考える人もいるだろう。

世間に成功本がたくさんあって、かなりの数の人がそれを読んでいるのだろうけど「成功とはこの本に書かれていることだ!」という話を聞いたこともないし、逆に「俺は成功者だ!」なんて言っている人を見たことも無い。

最近よく考えることがある。

自分のずっとやりたかったことをやらなかった人は、果たして成功できなかったのかと。周りに流されながらも、その人にとってとても大切な物を獲得した人生すらも成功できなかった人生なのかと。

もしくは、はたから見ればものすごい「財産」を築き上げたり、有名人になってメディアにひっぱりだこになったりした人でも、その人の望む生き方ができていなければ、それは成功ではないのかと。この場合、本人がどう思っていようと、きっと周囲の人は「あの人は成功者だ」と言うだろう。

定義の違いから、自分なりの成功と、周囲が考える成功はきっと隔たりがある場合もあるだろうし、本人が求めるレベルと周りの評価が異なる場合もあるだろう。

ただ、「俺は成功者だ!」なんてことを言ってる人に会ったことは無いけど、「今凄く幸せ」とか「夢に向かってワクワクしながら頑張っているよ」という人には時折出会う。彼らは世間一般でみたら成功者ではないかもしれないけど、僕から見たら「俺は成功者だ」という人よりよっぽど成功者なんじゃないかと思う。

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実際の所、僕自身あまり「成功」という言葉にピンと来ない。Successを直訳した感じがなんともあれだし、人生に成功も失敗もあるかいと思う。(勿論、この場合の成功の対義語は失敗ではないのだけど)

マズローの五大欲求じゃないけど、ある程度食うに事欠かず、欲しい物もそれなりに手に入れられる状態で、五体満足で生きていて、奥さんもいて、遠くに住む両親や兄弟も健在で、それなりに幸せな毎日を送っている。

「成功してるかい?」と聞かれれば答えに窮するけど、「順調かい?」と聞かれれば「体重が重すぎることを除けば概ね順調だよ!」と即答できる。

最近では、自分がかつてやめてしまった趣味のプログラミングなんかも再開した。仕事ではどうしてもやれない、自分が思い描いたサービスを構築することにもう一度チャレンジすることに、とてもワクワクしている。

現時点で僕は幸せだし、僕は毎日それなりにワクワクしながら生きている。成功ではないかもしれないが、てんでダメってわけでもないし、現時点ではこれって僕なりの「成功」なんじゃないかと思う。(体重以外は)

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今でも楽では無いけど、入社後しばらく僕は会社の仕事で壁に当たってどうしていいか分からない状況に何度も陥った。その度に、自分なりに努力の方向性を見つけて、何とか乗り越えてきた。

もう少し厳密に言えば、精神的な均衡を保つためには努力して前進している感覚を持ち続けることが第一で、苦境そのものは自分の成長でカバーできたり、周りのフォローでなんとかなったりと様々だ。

「兎に角今は前に進むしかない」

という言葉も比較的よく耳にする言葉だと思うし、実際僕もこのBLOGでよく使っている。今できることを精一杯やるというのは、本当にこれでいいのだろうかとか、いつになったら光が見えるのだろうかといった不安を横に置いておき、兎に角行動を起こしていくということ。

進んでるその方向が前かどうかは実際は分からない。短期的には目の前の仕事をやっつけるのだから前に進んでいることは確かだし、その中で得られるものもあるから決して間違っているという訳でもないだろう。

でも、目の前に現れる事象に対処し続けることだけに終始すると、やはり自分が行きたいと思っていた方向とは少し違うという場合も往々にして発生しうる。

例えば、僕の場合はあれほど自分でWebサービスを作りたいと思っていたにもかかわらず、ここ3年ほどはそういった業務に就くための努力もしていなかったし、プライベートの時間でも製作・勉強共にやらなくなっていた。

この間、確かに仕事でも相応のことはやってきたし、ブログを書いたり本を執筆したり、勉強会を開催したりと確かに進み続けたが、それがかつての自分が(そして今の僕にとっても)前だと思っていた方向とは少し違っていた。

この3年が間違っていたと思わないし、むしろ自分の人生にとってとても有意義な期間だったとすら思う。でも、ベクトルが思っていた方向と少し違うことに気がついたから、僕は今年に入って色々とベクトルの修正を図っている。

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かつての僕は「成功したい」とか「今の自分を変えたい」なんてことを考えながら、今の自分の状況に不平不満を垂らしながら、不遇を呪い、自分を責めてばかりいた。

でも、人生というのはそうそう思い通りに行く物ではないし、ドラマのようにハッピーエンドで「めでたしめでたし」があるわけでもない。理想像は思い描いても、実際には成長するにつれて理想像はより具体的に、そして遠くなっていく。

職場環境が辛い事もあれば、人間関係で悩むこともある。自分がやりたいと思っていた事をやるには十分な時間が取れず、何かを諦めなければいけないこともある。上手くいってる瞬間や、幸せな瞬間があって、またそうでない瞬間を迎えることもある。

成功を掴みたいと肩肘を張るのも悪くは無いけど、今の瞬間を切り出してみて自分のささやかな幸せだったり、ワクワク感があるならそれを大事にするってのもすごく大事な事だと思う。

自分が思うとおりに生きられていないことはむしろアタリマエのことなのだから、そんなことを嘆くよりも、今までやってきたこと・出来たことをちゃんと認めて、そこから少しずつ軌道修正をかけていくことに注力すべきだとも思う。例え遠回りをしていたとしても、それもまた人生の醍醐味だと楽しめばいいと思う。

今の自分と、かつての自分との違いは、少し気楽に人生を楽しめる様になったことだと思う。30歳2ヶ月にしてようやくTake it easyやLet it be、Easy come,easy goの意味がなんとなくわかった気がする。

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