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【雑記】かつて遠かった道、見えていなかった世界

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祖父の7回忌の為に大阪に帰省していました。

母親からは「無理して帰ってこなくても良いよ」と言われていたのですが、おじちゃんっ子だった自分としてはどうしても参加したい想いに駆られ、朝イチの新幹線に飛び乗って帰省しました。

ごくありふれた法事だと思いますが、社会に出て、親になって、悲しかった出来事がどんどんと過去の事になって、自分も親族も年を取って・・少しずつ積み重なった変化が、妙に心を揺らしたので、少し思った事などを書き留めておきたいと思います。

■かつて遠かった道

祖父が住んでいた奈良県某所は、JR、近鉄のいずれの駅からも遠く、公共交通機関としてはバスに頼らざるを得ない土地です。

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小学生のころ、祖父の家に毎月の様に遊びに行っていました。

車で迎えに来て貰った最寄り駅にはバス亭があったな・・などと20年も前の記憶を頼りに訪れたところ、見事にバスが廃線になっていました。20年前には数台は常に待機していたタクシーの姿もありません。

親族に電話をして迎えに来て貰っても良かったのですが、時間的には間に合いそうだったので、記憶を頼りに徒歩で行くことにしました。

20年前、何度となく祖父が車で迎えにきてくれた道。小学校低学年の自分には遙かな道のりに思えたその道は、大人の足ではたったの30分しか要さない距離でした。

建物が減り、拡張工事によって以前よりも見晴らしの良くなってしまった踏切を越え、祖父に連れられてタケノコ掘りをした畑の横を通り、祖父母につれられて歩いた村落の通りを行きました。

見慣れた看板が所々に残っていたり、待ち合わせたスーパーや、髪を切って貰った床屋が無くなっていたりと、おもかげを残しながら緩やかに景色は変わってしまっていました。

記憶の彼方に消えかけていた情景の一つ一つを拾い集めながら歩く内に、当時祖父の車に揺られながらワクワクしていた気持ちが不意に甦ってきました。

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携帯電話もない時代。駅について、公衆電話から電話をかけ、待ち合わせ場所のゲームコーナーで15分100円のスーパーファミコンをしながら祖父母を待ちました。

朧気な記憶の中、迎えにきてくれた祖父が「真也か。」と呼ぶ声と、その声を聴いてとてもほっとしたことだけが、妙に鮮明に思い出されました。

■法事っていいなと思った

祖父の家は代々浄土真宗で、祖父母共に信心には篤かったようです。

祖母が20年前に亡くなった後、13回忌を終えた後に祖父が亡くなりました。叔父叔母がその後もきちんと法要を営んでくれたおかげで、この20年の間に定期的に親族が集まる機会が設けられています。

法事というのは、宗教的には追善供養(浄土真宗は機縁の法要)なのですが、普段会わない親族が一同に会す機会を設けるために考え出された先人の智慧でもあります。

上京し、こちらに家族を持ったということもあり、どうしても親族と顔を合わせる機会が少なくなっていましたので、法事という機会はなかなかに有り難い物でした。

また、僕自身は無信心な人間ではありますが、聞き慣れたお経に耳を委ねながら、祖父母との思い出に想いを巡らし、自らを省みる時間は良い時間だなとも感じました。

かつて祖母と一緒にご飯をお供えし、線香をあげ、鐘をならし、訳も分からず「ナンマンダブ」と唱えていた仏壇。祖父母と一緒に寝ていた部屋。記憶よりも少し若い祖父母の遺影。聞き慣れた読経。焼香の香り。

なるほど、法事というのは、日々に流され薄れ行く大切な記憶をあらゆる手段で呼び起こし、思い出として刻み直す場でもあるのだなと思わず納得してしまいました。

祖父の死が教えてくれた大切な事 | Hacks for Creative Life! - ライフハックで明日をちょっぴりクリエイティブに -
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6年前のあの日、心にぽっかりと空いた穴をどう埋めて良いか分かりませんでしたが、今ではきちんと祖父母との思い出を胸に生きられている自分がいることに改めて気づく事ができました。

■見えていなかった世界

親族の食事会の席で、叔母が23年前、祖母が倒れた晩のことを話してくれました。

あの晩、僕は祖父母の家に遊びに来ていたので、祖母が倒れたときの騒然とした様子はかなり鮮烈な記憶として残っていたのですが、まだ10歳の自分には事態が十分に飲み込めていませんでした。

それから間を置かず祖母は帰らぬ人となった為、あの晩何があったかを教えて貰う機会がなく、23年の時を経て自分が見えていなかった状況を知ることができました。

また、叔母は暴露するように、叔父が僕の結婚式で祖父母の写真を使ったムービーを見て「良かった」と漏らしていたことを教えてくれました。

冒頭に書いたとおり、僕は相当なお爺ちゃんっ子、おばあちゃんっ子だった事もあり、叔父は「結婚式に(祖父母も)出たかったやろうに」と残念に思っていたところ、思いがけず僕が作成したムービーに祖父母が登場したことで「なんや、来てたんや。よかった。」と感動していたとのこと。

僕は叔父のそういう面(両親への想い)を知らなかったので、少し意外で、何だかとても嬉しい気持ちになりました。それと同時に、祖父母が結婚式に来てくれていたのだと考えると、本当によかったなと、心が温かくなりました。

■さいごに

僕自身は相変わらず無信心な人間ではありますが、親族が集まったり、今は亡き大切な人との思い出を大切にする場として法事は良い物だと思う様になりました。

超個人的な出来事についてで申し訳ありませんが、自分としては今回、様々な形で記憶と向き合う事になり、思うところも多かったので、記録として残させて頂きました。

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