自然体というフォーム及びプロトタイプ思考がもたらす絶大なる効果

IStock 000019945613XSmall

まだはじめて日が浅い「日々考撮」というコーナーですが、なかなかどうして楽しい感じなので、少し思うところを述べておきたいと思います。

今回目指したのは「自然体」という型(フォーム)です。
自然体なのに型ってなんやねんと感じるかも知れませんが、それなりに長いことブログを書いていると、自然に自然体を出すのって案外難しかったりするんです。

僕の場合は、ブログを書く時は結構全力でわーっと取り組んでしまって、長かったり堅かったりする記事を書いてしまいがちです。図もふんだんに使いたいし、文字数も多い。文章を書いては消し、また書いては消してと、まぁ非常に時間が掛かってしまうわけです。3000文字の記事を書くのに5時間ぐらい掛かることもザラです。

■自然体というフォームを意識的に作る

実は、以前「一口サイズ」のコラムっぽいものを書きたいと思って「雑記」シリーズを始めたんですが、これがまた自分でもビックリするぐらい肩肘張った文章になってしまって、一本書くのにめちゃくちゃ時間が掛かる様になってしまったわけです。

「雑記」シリーズ「その時の感情を捉えて、書きたいという衝動に駆られたときに書く」というスタンスで始めたもんだから、気分が乗らないと書けないし、気分が乗った時に必ずしもかける場所にいるとは限らない。その上、書き始めたら段々と格好を付けたくなってしまうと言う悪い癖が顔を覗かせて、結果全然「一口サイズ」じゃない脂っこい記事になってしまっていたわけです。

そこで、今回は少し趣向を変えました。

「その日考えた事を、自然体で思いつくままに書く」

冒頭の話で、自然体という型を目指すという不可思議な試みを始めてしまったわけです。しかも、ネタを書きためたり熟考を重ねるわけじゃなくて、その日ふと考えた事をちょろちょろっと手帳なんかにメモっておいて、それをわーっと膨らませて書くだけ。その日考えたことを、思いつくままに、兎に角書いてあんまり見返さず、えいやっと投稿してしまう。

なんでそんな簡単な事ができなかったのか不思議なんですが、「その日考えた事を、自然体で思いつくままに書く」というシンプルなルールひとつで、今までできなかった「一口サイズ」の記事が書けてしまったのです。コンセプトというか、予め決める型って大事だなぁと痛感した次第です。

■思考の軌跡と生きた風景の軌跡

今回始めた「日々考撮」という名前には、その日考えたことを、日々の風景と共にお送りするという意味があります。まぁ、意味そのものはあまり重要ではないのですが、このコーナーを続けることによって残される「思考の軌跡」はとても重要です。

個人的にどうした、何があったみたいなごく個人的なことは手帳に残しているので日記を書くつもりは無かったですし、ブログメディアとして、出来る限り情報を提供するかエンターテイメント性を持たせるところを意識したかった訳です。

今自分の中で手帳にも書かれない、ブログにも書かれない領域は何かと考えた時、日々考えてはそのまま流れて行ってしまう「モヤモヤした思考」がどこにも残っていないことに気づきました。そこで、まだ確たる形をもたないモヤモヤをとりあえず形にした「プロトタイプ」をブログに蓄積することにしたのですが、やってみるとこれがまためちゃくちゃ面白い。

「プロトタイプ」を蓄積することで段々と思考の地層ができあがってくるのですが、この地層を眺めてみてはじめて自分の癖や興味の方向性に気づくことができたり、単純にその「プロトタイプ」が発展して「完成品」が生まれたりするわけです。これって書き残してないと起こりえない出来事なんですよね。

■プロトタイプでの経験が新たなアウトプットを呼び込む

僕のEvernoteには「着想」や「仕掛品」、それと取り込んだ「完成形」が存在するのに「プロトタイプ」っていなかったんですよね。今回「日々考撮」を始めたことで、今までになかった段階の思考が残せるようになったことが非常に良かったなと感じています。それと同時に、「プロトタイプ」を蓄積すること及び公開することが新たなアウトプットを呼び込んでいることにも気づきました。

先ほど述べた過去の「プロトタイプ」そのものを発展させた記事を書くと言うパターンは勿論、過去の「プロトタイプ」を読み返す内に新たな着想を得るというパターンもありますし、「プロトタイプ」に対して起こった反応から着想を得るパターンというのもあります。

僕の場合「プロトタイプ」の蓄積というのは、今までやっていなかったわけですから、全く新しい鉱脈(ネタ元)を掘り当てたという感覚が強いです。アウトプットすることが鉱脈を築くというのは、これまでも経験がなかったわけではないのですが、今までは「完成形」しか無かったところに「プロトタイプ」が加わったことで裾野が一気に広がったなと。

更に言えばこの「プロトタイプ」は僕の思考の成果物であり、その裏にはまだ形になっていない様々な考えや経験が存在していて、「プロトタイプ」を振り返ることでそいつらも同時に想起することができるわけです。モヤモヤをそのままにしていれば、いずれモヤモヤは忘却の彼方に消え去ってしまいますが、「プロトタイプ」を残しておけば、そのモヤモヤに完全ではないにせよ再度アクセスができるようになるのです。だから、「プロトタイプ」の蓄積という鉱脈は非常に強力なのです。

もう一つ、「プロトタイプ」を公開することで、それに対する反応から色々な刺激が貰えるのも非常に良いなと感じています。「あー、みんなこういう事に興味あるんだ、じゃぁ次はこのネタで書いてみようかな」みたいな反応に対する反応の中から非常に多くの着想を得ることができます

また、システム開発に於けるプロトタイピングに近いと言うか、あたりをつけて書いて、それに対する意見から方向を修正したり、想定と現実のギャップから次の手を考えたり・・と打てる手の幅が「一発勝負」に比べて非常に広がったように思います。

■ブログへのアテンションとパッションが高まった

これは副次的な効果ではあるのですが、今回一口大の記事を書くようになってブログへのアテンションとパッションが高まった様に感じています。

「毎日の様に一口大な記事をあげていると、長文記事は減るんじゃないの?」と僕自身思っていたのですが、逆に一口大の記事を高頻度でアップすることで、意識が自然とブログに向かうようになり、今まで以上に長文の記事も書くようになりました

また、一口大な記事でも、ちょっとした反響や共感を得られたりするとなんだか楽しくなってきて、ブログを書きたい熱がむくむくと湧いてくるので、更新頻度が高まるという良い循環ができあがった様に感じます。

■最後に

長くなってしまったのでざっとまとめておきます。

・自然体という型を規定することではじめて一口大の記事が書けた
・モヤモヤをとりあえず形にした「プロトタイプ」の地層から発見がある
・今回はじめて「プロトタイプ」という状態の記録を得ることができた
・「プロトタイプ」の蓄積は発展させたり、着想を得られる強力な鉱脈
・公開した「プロトタイプ」への反応から着想や次の一手が見えてくる
・一口大の記事を書くことでブログへのアテンションとパッションが高まった

思考の 「プロトタイプ」を蓄積したり、公開したりというテクニックは、多分仕事でも応用できるんじゃないかとも思っているので、やってみてよさげならまた記事にします!

参考書籍

▼この記事をシェアする


▼このブログの更新情報を受け取る
Facebookページをチェック
-AD-

Post your thoughts