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2022年の個人的な振り返りと来年への想い

振り返りシリーズの最後は個人的な振り返りと来年への想いです。抱負や目標はちょっと今の僕にはヘヴィーなので、あくまで来年への想い。

それでは早速、行ってみましょう!

2022年は「達成」と「苦難」の年

2021年の記事を読み返してみたのですが、去年は休職からの復帰後、確かな回復の実感があって何だか上り調子感があったのですが、今年は一転してなかなかに「苦難」の年であったように思います。

2021年の個人的な振り返りと来年への展望

9月末に大きなプロジェクトを一つ完遂させたまでは良かったのですが、それと並行して次なる人事として7月から部下が50人ぐらいの部門をみることになったのですが、それが想像の遙か上を行く大変さで2回ほど「もうだめかも」という所までいって、なんとか持ちこたえられたという感じ。

何とか持ちこたえたのは概ね以下の3つの対応が上手くいったからでした

  • 将来のことを考えて不安を感じていたので、今日明日、1週間を乗り切ることだけに集中することにした
  • もしもの時のために自分の市場価値を知るためにそういうコンサルタントと何度か面談する機会を持った
  • 他人の評価を気にするのをやめて、兎に角「自分が死なない」ために「いのちを大事に」モードに切り替えた

来年もこの苦難は継続しますが、まずは今日をしっかりと生きぬくことに集中して、少しでも改善できるようにアレコレ手を打っていきたいと思います。

超強力な息抜き、気晴らしの術を手に入れた

今年一番の収穫と言えば、ソロキャンプをはじめたことかもしれません。

息抜きとかリフレッシュとかそういう言葉では表せない、心の洗濯もとい心の傷の治療。

自然の中でただゆっくりと過ごし、何をしなければいけないわけでもない、何も考えなくてもいい。ビールや珈琲を飲みながら焚き火を眺め、本を読み、たまに文章を書く。

自然が奏でる音と澄んだ空気を感じながら、ぼーっと焚き火を眺めていると、胸の奥にドスンと居座る不安の塊とやむことの無い偏頭痛がすーっと消えていきました。不思議なものです。

ソロキャンプは自分が想像していた100倍素晴らしく、傷ついた心を超強力に癒やすことができる術を手に入れたことに大いに勇気を得ました。なんかやっていける・・・気がする。

Windowsマシンを買って信長の野望新生やAge of EmpireⅣを買って没頭できたのも凄く良かったです。半年で600時間とかマジでやばいんですが、裏を返せばそれだけ没頭できる好きなことがあるということ。

うつ病が一番酷いときにはゲームすらやる気にならなかったので、今こうして「ゲームしたい」という欲求があるということが、何だかとても喜ばしいことのように感じるのです。

そして、僕自身が後悔していないのであれば、この600時間という時間は無駄なモノではなく、僕にとっては必要な気晴らしであったのだと思います。

以前であれば「ゲームは無駄」と決めつけていたわけですが、そういう時間も今の自分には必要だと思えるようになったことに以前よりも幾分か成長を感じています。人生に息抜きは必要なのです。

生きるためにアウトプットを重ねた結果のアウトプット量

アウトプットの振り返り記事でも書いたとおり、なんやかんやで2022年はそれなりのアウトプット量が出せていたように思います。ライトなネタが多いのは確かですが、それでも着実にアウトプット量を増やすことが出来たことは素直に嬉しいです。

2022年のアウトプットを振り返ったら「しぶとい自分」がそこにいた話

アウトプットの大半はNewsletterで、半ば自分にとっての「書く瞑想」として機能していた節もあり、確実に精神安定に役立っていました。それにお付き合い頂いた170名強の読者の皆様には感謝してもしきれません。

「0103 : 職業サラリーマン、生きるために何かを書いて発信する」でも書いたとおり、僕にとって書いたものを世に出していく行為は、どこか自分という存在を確認する作業でもあります。

僕が何かを外の世界に発信する理由の一つに「自分の考えをまとめる中で自分という存在を確かめられる」という感覚があり、これが曖昧なアイデンティティーに形を与えることに非常に重要な役割を果たしている様に直感しているのです。

うつ病になって以降、価値観のパラダイムシフトが必要でした。無理を押し通し、限界を超えて、どんな困難も力で押し切るような働き方は、今の僕には不可能です。逃げてはならぬ、耐えねばならぬ、どんなときでも頑張り続けなければいけない。そんな価値観を手放す必要がありました。

それはどこか、今まで自分だと思っていた虚像が、実はそうではなかったという事実を受け入れることであり、自分という存在が曖昧模糊とした、酷く脆いもののように思えてしまったのです。文字通り「自分を見失った(自分だと思っていたものが自分ではなかった)」わけです。

自分が考えている事感じていることを書いたり話したりして世に送り出し、それが否定であれ肯定であれ何らかのフィードバックが貰えるとき、僕ははじめて自分という存在を識ることができる様に感じています。

そうやって、生きるために、自己を保つために、自分という存在が何なのかを知るために、アウトプットを積み重ねてきました。何かをなし遂げたいとか、何者かになりたいわけではなく、僕は世に発信し続けなければ生きていけない人間なのです。

だから、今年の僕のアウトプットがライトなネタが多かったとか、ちょっと「しんどい」系の話が多かったとか、それ自体は僕にとっては重要なことでは無いのです。不安の中で自己を保ち、分からなくなった自己像を識るために、今できるアウトプットを積み重ねているだけなのです。

来年への想い

かつての様にもっと熱量を込めた、マニアックな記事を書きたいという想いはあります。電子書籍を出したいという想いもあります。もっと本を読んで、書評記事を書きたいという想いもあります。来年はそういう想いに応えていきたいと思っています。

ただ、それで気負いすぎたり無茶をしたりして、また苦しくなってしまってもいけないので、あくまで願望。努力目標。できなくっても問題無いと思うようにしています。「やりたい」という欲求そのものは凄く大事にしたいけど「やれる範囲以上に頑張らない」という自戒だけは破るわけにはいきません。

敢えて目標を設定するならば、僕はもっとも根本的な「来年もなんとしてでも生き延びる」こと以外に明確な目標などありません。今尚苦境にあるわけですが、その中でもう一度休職が必要な状態になることだけは絶対に避けたいですし、2年掛けて何とか持ち直してきた状態を振り出しに戻すわけにはいかないのです。

さいごに

ということで、本記事でもって2022年のアウトプットは完了です。振り返りシリーズを全部読んで下さった方がいらっしゃるか分かりませんが、個人的にはこの数日間のアウトプット活動を通して色々と考える事が出来たのは凄く良かったです。

なんとか大晦日の21時30分頃にこの記事を書き上げて、無事1年のアウトプットを締めくくられて良かったです。動画の編集が大分荒くなってしまったことだけが心残りです・・が、2022年に納めるためには致し方ない。

いつも僕が発信する何かを受け取って下さる皆様に、そして良かれ悪かれフィードバックを下さる皆様に、心より感謝を申し上げます。皆様のおかげで僕は、2022年を生きぬ事ができ、2023年には更なる展望を抱くことができています。

2023年も、変わらぬお付き合いを賜れれば幸いです。それでは良いお年を!

YouTube動画でも語っているのでよろしければご視聴下さい。


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