古典から学ぶビジネス戦略 〜秋山真之と孫子あるいはクラウゼヴィッツ~

Mikasa / 戦艦三笠

世界中の誰もが予想だにしなかった日露戦争における日本の勝利。殊に当時世界最強と謳われたバルチック艦隊を破った日本海海戦はその戦略・戦術の両面に於いて目を見張るものがあります。

作戦立案を一手に担ったのが伊予松山藩出身の秋山真之(あきやま さねゆき)。
小説「坂の上の雲」の主人公の一人です。

明治期随一の戦略家である秋山真之は当時最先端の兵学を学ぶだけでなく、様々な古典からも多くの知見を得たと言われています。

古くは孫子の兵法にはじまり、新しいところで言えばクラウゼヴィッツの「戦争論」、海戦の戦術については村上水軍の兵法から多くの着想を得たと言われています。

今回は、秋山真之が如何に孫子やクラウゼヴィッツを自らの事業に活かしたかを題材にとり、古典からビジネス戦略を学ぶ方法についてみていきましょう。

■最新情報だけでなく、古典から学ぶことの重要性を知る

秋山真之が生きた明治期というのは、諸外国からの様々な最新情報が日本に流入しており、ともすればそういった最新情報にかぶれてしまうことも少なからずあったと考えられます。

しかし、秋山真之は海外からの情報を鵜呑みにせず、更には古典から学ぶことも忘れなかった。

その理由の一つには、秋山真之が通っていた松山中学では、最新の洋書から、漢文で書かれた古典までを扱い、幼少の頃から「新しい情報」と「古典」に慣れ親しんでいたから、というのは無関係ではないでしょう。

当時の松山中学では、バーレーの万国史、ミルの自由の理、チャンバーの経済書、クエッケンボスの米国史、ハチソンの生理学、クエスケンジスの物理書、グッドリッチ博物学、ウエイランドの修身書などを英語の原書で教えていた。かたや、『春秋左氏伝』、『十八史略』、『日本外史』、『資治通鑑』、『文章規範』はどの漢文の古典も教えています。

自己啓発を欠かさなかった 若き秋山真之 (2)理論構築は不断の努めあればこそ WEDGE Infinity(ウェッジ)より引用

もう一つの理由として考えられることは、軍人となった秋山真之がアメリカへ留学した折、アメリカ海軍大佐のマハン氏の元を訪れた際に、古今の書物から実例を学ぶことの重要さをアドバイスされたことが挙げられます。

マハンは、自らが書物から学ぶことの重要性を真之に教えた。

「過去の戦史から実例を引き出して徹底的にしらべることである。近世や近代だけでなく古代もやるほうがいい。戦いの原理にいまもむかしもない」「陸と海の区別すらない。陸戦をしらべることによって海戦の原理もわかり、陸戦の法則や教則を海戦に応用することもできる」(2巻238頁)

真之は米国で多くの世界の書物を読み、後に日本の村上水軍の戦い方も研究し、日本海海戦にその知恵を活用した。

『坂の上の雲』から学ぶビジネスの要諦:実践のための秋山真之の勉強法 (1/2) – ITmedia エグゼクティブより引用

秋山真之の凄まじさは、明治維新から30年ほどしか経過しておらず、自身もまた30歳という年齢であって、軍事評論の大家であったマハンを驚嘆せしめるほどの勉強量と、観戦武官として観戦した米西戦争に関する緻密且つ膨大な報告書の作成能力から伺う事ができます。

そして、マハンの教えを受ける以前、以後一貫して、古典から学ぶ姿勢を忘れなかった。古典に当たる中で村上水軍の研究を行ったことが、後のバルチック艦隊を打ち破る「丁字戦法」や「七段構え」に繋がったと言われています。

100年以上も前の人々が古典から学び、そこから新たな戦略戦術を編み出したという事実に、現代の私たちもしっかり目を向ける必要があるでしょう。

■秋山真之の「海国戦略」に垣間見える「孫子」

秋山真之は海軍学校で「海国戦略」という講義を行っていたのですが、その中で戦略を

「戦略は戦術の上に立って、これを支配し、戦闘の時、戦闘の地、戦闘の兵力を定める」

と定義づけています。天・地・人という言葉を聞いたことがある方も多いと思いますが、現代ビジネス風に言えば、機会・ポジショニング(ゾーニング)・人的リソースの運用と言えます。

この「海国戦略」の中で孫子の「五事七計」が多く引用されているのですが、この戦略のフレームワークは現代ビジネスに於いても非常に有用であり、ポジショニングや意志決定の助けになってくれるでしょう。

「兵トハ国家ノ大事ナリ。死生ノ地、存亡ノ道、察セザルベカラズ。故ニ之ヲ経(はか)ルニ五事ヲ以テシ、之ヲ校(くら)ブルニ七計ヲ以テシテ、其ノ情ヲ索(もと)ム」。この五事とは「道・天・地・将・法」の五つです。七計は列記してみましょう。

一、主(君)ハイズレカ有道ナル?
二、将(軍)ハイズレカ有能ナル?
三、天(の時)地(の利)イズレカ得タル?
四、法令イズレカ行ワル?
五、兵衆(軍隊)イズレカ強キ?
六、士卒イズレカ練(なら)イタル?
七、賞罰イズレカ明ラカナル?

秋山真之はいかにストラテジーを構築したか (5)戦務と戦略の平行講義 WEDGE Infinity(ウェッジ)より引用

詳しくは孫子の兵法の五事七計に当たって頂きたいのですが、ざっくりと言えば、戦いの前には五事「道徳、天の時、地の利、優れた将軍、優れた法制度」を整えた上で、七計でもって自他を比較せよ、というものです。

「五事七計」は国家の軍事戦略を立てるためのフレームワークなので、ビジネスの世界からするとやや壮大な感もありますが、考え方としてはビジネスにも転用可能です。

例えば、全国区では勝負が厳しいビジネスだったとしても、地元密着でやれば勝負ができる(地の利がある)とか、ある高度な技術を特許で保持しているから、競争優位は保てる(軍の装備的に勝っている)などの様に置き換えて使うと良いでしょう。

■戦術の基本は「局地的な有利」を積み重ねること

戦略面に於いても、戦争の定義やその発生要因に触れるなど、秋山真之はクラウゼヴィッツの「戦争論」からも多大な影響を受けていたと考えられます。

しかし、「戦争論」の影響が最も色濃く出ているのが戦術面であり、「優れたものが勝ち、劣った者が負ける」すなわち「優勝劣敗」という真之の思想は「戦争論」の思想と完全に合致します。

真之は天・地・人をマネジメントし「優勝劣敗」の状態を作り出そうとしていたことが、「海軍応用戦術」の次の一節でよく分かります。

 「兵戦の由て成立する大元素は諸多の科学に於けるが如く時、地、力の三素なり。和漢の古兵法家は之を天、地、人と唱へ泰西の兵家はTime,Place,Energyと説くと雖も皆之れ観察の異同より生ずる異名同物の称号に外ならず」

 「兵戦も亦此三素の併用の調和宜しきを得て適当の時、適当の地に適当の力を用ふるの能く其効をなす。之を成功work downと言ふ。只単に力をのみ見て時と地を察せざるが如きは未だ兵戦の真理を了解したるものにあらざるなり」

「優勝劣敗」をいかに実現するか:日経ビジネスオンラインより引用

如何に敵の兵力を分散させ、各個撃破していくかが勝利のカギとなる。この考え方は現代ビジネスで言うところの「選択と集中」に通じる物があります。

全国で勝てないが地域でなら勝てる(地)、通年を通してでは勝てないが夏なら勝てる(天)、フルラインナップでは勝てないが軽自動車だけに特化すれば勝てる(人)などなど、「局地的な有利」を作り出せば、勝てる確率をぐんと高めることが出来るのです。

■入念に戦術を練り上げ、臨機応変に対応する

孫子の兵法に「兵は詭道なり」というものがあります。
要は戦争というのは”騙しあい”だという話です。

お互い相手を出し抜いてやろうと虎視眈々と狙っているわけですから、最初から計画通りにことが運ぶことの方がむしろ珍しいと考えて差し支えありません。

では、出たとこ勝負で良いかと言えば、それは明確にNOと言えます。

孫子の兵法に「算多きは勝つ」というものもあるのですが、これは周到に準備を重ね、先に挙げた五事七計を一つ一つクリアーにしながら「勝てる算段」を積み上げていったものが勝つという考え方です。

つまりは、入念に戦術(計画)を練り上げ、現地現場では臨機応変に対応することが何よりも重要ということです。

ただ、こう書いてしまうと何だか「当たり前」の事を言っている様に聞こえるかも知れませんので、再び秋山真之の「七段構え」に立ち返ってみましょう。

一方、「計画や見通し」の方の側面では、たとえば次のような「七段構えの術」という案を真之は立てていました。内容は以下の通りです。

一段: 主力艦隊同士の決戦の前夜に駆逐艦や水雷艇で打撃を加える
二段: 主力艦の決戦で勝つ
三段: 夜にまた駆逐艦と水雷艇で奇襲する
四段: 撃ち漏らした敵を主力艦で追撃する
五段: 夜にまた駆逐艦と水雷艇で奇襲する
六段: さらに主力艦で追撃
七段: 最後にウラジオストックの湾口に敷設した機雷原に敵を追い込んで全滅させる

「孔明の罠」の呪縛:日経ビジネスオンラインより引用

「七段構え」の凄いところは、「計画通りに上手くいかないことすらも計画している」点にあるでしょう。

実際の日本海海戦は一段目をすっとばして、二段目と三段目で勝負がついてしまいましたが、その中でもロシア海軍の戦艦が操舵不能になって艦隊が2分されるなど予測不能な事態が発生する中、現場で上手く対処したことで圧倒的な成果を収めるに至ったのです。

ビジネスに於いても、入念な計画を行い、予測可能なイレギュラーに対する対応策の事前検討を行い、十分に訓練を詰んだ上で「算多きは勝つ」状態を作り出すことは非常に重要です。そして、それでも尚拾いきれなかった不測の事態にも対処できるよう、現場をしっかり”強く”することで、更に勝率を高めることが出来るのです。

(とはいえ、実際には入念に準備が出来ない場合が多いので、QCDの内どこで勝負するか・・といった話になっちゃうんですけどね)

■最後に

いきなり秋山真之だ、日露戦争だと言った話が出てきてビックリさせてしまったかもしれません。たまにはこういう歴史物も書きたいなと思いたち、筆をとった次第です。(引用元が原典では無く、WEB記事なのは諸処の事情により。。)

なんだか色々書きすぎて本当は「最新の情報だけでなく、古典から学ぶことの重要性」をお伝えするつもりが、それ以外の具体例の方が長くなってしまいました。

折角なので、今回書いた内容もおさらいしておきましょう。

  • 孫子の「五事七計」はポジショニング戦略やGO/NO GOの判断に使える
  • クラウゼヴィッツの「優勝劣敗の法則」に従い、局地的有利を作り出す
  • 孫子の「兵は詭道なり」、「算多きは勝つ」に従い、入念に戦術(計画)を練り上げ、現地現場では臨機応変に対応する

最新の理論やテクニックを追いかけるのも良いですが、時には孫子やクラウゼヴィッツといった古典に当たってみるのも良い物です。秋山真之のように、古典から新たな着想が得られるかも知れませんよ!

参考文献

村上水軍と言えば、最近この本が流行ですね!

▼この記事をシェアする


▼このブログの更新情報を受け取る
Facebookページをチェック
-AD-

Post your thoughts